昭和42年5月26日 夜の御理解


 神様が分かり、神様をいよいよ信じさせて頂く事が出来るようになると、第一不平が不足がいわんですむようになると。勿論、取り越し苦労やらもなくなる。ですから、不平不足が感じる時にはやはりまだその、神様をそれだけ、その程度にしか頂いていないという事を知らなければならないですよね。神様が、分かり神様を信じさせて頂くようになったら不平不足がなくなる。
 不平不足がいわなくなる稽古というものではなく、神様が分かれば不平不足は言わんですむ。だから稽古というよりも神様をやっぱりこのようにお働きくださっておるという事を体験する事がやっぱ一番だとこう思う。それを辛抱するとか不平不足を言わん稽古をするといったようなもんじゃない。本当に神様、例えていうなら、子供のいう事を聞かないというて親が一つもいう事を聞かないという不平不足をいう。それは本当に神様を分かっておらん証拠ですよね。自分自身が神様のそのおかげを信じきっていない証拠なのです。ですからいうなら本当に恥ずかしい話しであり、上をむいてつばを吐くようなものである。ね。もう信心はここに極まっておるというのですからね。ところが私共は言うこと聞かなかったり思うようにならなかったりすると、不平不足が出ろうとしますけれども、そういう時には辛抱じゃなくて神様におすがりしなければいけない。そしてそこに神様の働きを見せてもらわなければいけない。そこに実感させてもらわなければいけない。そこに一切今までのもやもやとか不平とか不足とかいったようなものが消えてなくなるところかありがたくなってくるのですよね。私今日、夕方、相撲が終わる頃でしたかね、久富先生に色々と私は言うけれども、あんまり、相撲に見、聞き見入っているもんですから、私のいう事がよく耳らんのです。それで自分でたって自分で用をさせていただいたのですけれども。そして炊事場の方へ行ったら家内が一人でばたばたしておりました。豊美は愛子はというたけれども、おらんという。それで、愛子が出てまいりました、愛子が何か言い付けをしておりましたら、家内の言うとおりに聞かない。
 もう、人が何か物を頼みさえすればボーとしてから、というて家内が不平不足を言うておる。私も今そういう風なところに、気持ちで食堂にやってきたら、家内あそういうておるのです。けれども、今朝の御理解に本当に一切の事に御の字を付けての一日であらなければいけないと頂いてもおりましたしね、本当にあの、家内に子供が言う事聞かんとか、お前が物を頼んだら良い顔をしないとか、これは結局はまあ、自分自身の信心加減であり徳加減であり、神様はさあもちっと、いわんでも子供達が言う事を聞いてくれるように、信心を進め高めよとこういうておられるのであると思うたら、もうおかしゅうていわれん。子供達が言う事聞かんなんてなことは。本当に恥ずかしくて言われないのだけれどもね。(?)私がテレビで、私は相撲にはあんまり関心を持たない方。久富先生は相撲が好きなほうだから、私が言うなら大事なことを二三言うけれど、ほかん事ども空ろな返事をしてから、一生懸命見入ってござるから、もう言うたっちゃ同じ事と思うて自分でたって、自分でその用を済まそうとした。それでもやはり、心の中にその穏やかなものではないですけれどもです、そういう時になら、私でも家内でもやはり心の中に不足を感じておるわけですけれどもです、だからそういう時に自分の信心程度というか、神様を信じておると、いう程度と、神様を頂いておる信心の程度というものを感じさせて頂いて神様におすがりさせてもらわないけん。そして、その事に精進するのではなくて、神様の方へ向かってあの、信心をさせてもらうと、そんな気持ちで私今度は表へ、(?)お広前へ出てきた。それから、あちらにも花が入っていない、こちらにも花が入っていないから、花でもとってきて、花でもまあ入れとこうと思うて信者控え室に花をとってきたり、なんかさせて頂いた。ね。そしたら丁度、脇殿の方へでましたら、若先生が今日は久留米の初代のお立日でしたから久留米の手続き関係が皆集まって慰霊祭があっております。から、帰ってまいりまして、行きがけは麻生さんが送って下さった。帰りもそうかと思うておったところが、帰りは善導寺の親先生の車に便乗させてもろうて善導寺の方へ帰ってきた。鳥栖の先生の車で帰ってきておるわけですよね。
 それで、教会を出たところが丁度、教会の前まできたところが、土居の国雄さんが通りかかった。お送りしましょうという。なら送ってもらおうという事で、国雄さんは普段着のあれでしたけれども、ここまで若先生を送ってきてそげんしよるところに丁度、久富先生がその相撲も済んでからあの今日は久富さんところで共励会ですからお供えなんかの準備の手伝いをしてくれと言うてございましたから、今からいってきますというてござるところへ、丁度国雄さんと若先生が帰ってきたわけなんですね。そしたら私の心の中に途端に有り難いものが沸いてくるわけですね。もうあの、出会い頭に若先生にはあーあんた今日はおかげ頂いたね。行きがけには麻生さんの車で送ってもらった時にはさほどに感じなかったけれども、善導寺から丁度出た時に国雄さんが通り合わせてから送って下さった。しかも国雄さん方に久富先生が今から御用に行きござるしよるところへもう本当に、まあ普通でいうならば、まあタイミングがよかった、腑がよかったというのですけれどもこれはあんた今日久留米におかげを頂いたから、久留米の親先生のお徳ばいと言うてからまあ、石橋先生のお徳を称えさせて頂いて話し合っておったら今度はいよいよ私が有りがたくなってきた。
 私は思うのにですね、私共がおかげを頂いておると思うておるけれどもその、おかげを実感しきらんところに不平不足がでるのですよね。ですからあのおかげをおかげと実感させてもらうところに、感動が沸いてくる。ね。その感動が後は有り難いばっかりになってくるのですから、不平不足、大体神様を本気で信じきったら不平不足なんか出るはずがないと。ね。とり越し苦労なんかもあるはずないと。勿論信者、私で言うなら、信者さんが言う事聞かんとか、ね、家内でいうならば子供が言う事を聞かんと言うようなことはもうとてもおかしくていわれん事。自分自身のその(?)いうておるようなものですから。ですからそういう時に、例えばそこんところを自分で感じさせてもろうてね、やはりあの神様におすがりさせてもらう気持ちになる。そして、まあ、いうならば頂いておるおかげの方をです、ね、思わせてもらう。見せてもらう。そこんところを実感させてもらうような送り合わせを願わせてもらう。そこに私は出会い頭にそうした神様の働きをですね、目の当たりに見せて頂くと同時にです、感動する。
 信心の喜びというものがです、その信心の賀びが後は何にもない。有り難いばっかりになってくる。ね。ですから本当にあの神様を信じておるとか、神様を頂いておるというけれども、頂いておる程度信じておる程度がです、私共不平不足に思うたり、言うたりしておる程度のところで、はあ、この程度にしか神様を頂いていないのだと言う事を分からせて頂くと同時にです、そこんところをおすがりしていかなくてはいけん。そして次の送り合わせを頂かせてもろうて、神様の働きを実感させてもらう。
 そこから感動が信心の喜びが頂けてくる。ね。そういうような事は日々の中にもう沢山ありましょうけれどもね、本当に一つ若先生に今日は、久留米の石橋先生のお徳でね、今日はあんたはおかげ頂いたとつよ。本当にあの善導寺から出会い頭に、久富さんの車がそこに来る    (途中切れ)